日本文化の様式美と坂本龍馬の信念
僕たちはセレクトショップでありながら、別注商品やオリジナル商品の企画や開発も行っている。
ゆえに商品を選定するときには、使われているパーツの形状やデザインの年代、素材の加工や出どころまで細かく見てしまう。
そうすると、極まれにその全てに理由を持つモノに出会うことがある。
それがROLLING DUB TRIO(ローリングダブトリオ)だ。
このCASPER(キャスパー)はローリングダブトリオで最もスタンダードなブーツ。
最大の特徴は一枚革を丁寧にクリンピング作業でくせ付けしていること。
クリンプ(Climp)とは、直訳すると『縮ませる』とか『カーブをつける』という意味。
靴で言うところのクリンピングは、甲部分の立ち上げのくせ付け作業のことを指す。
通常の革靴であれば、木型(ラスト)に革を添わせ、時間を置くことでくせ付けを行うが、ブーツではそれができない。
細かく複数のパーツを組み合わせて作ればそれなりに立体感のあるものはできるが、木型にきちんと革を添わせることができないため、履いた時にシャフトと甲の間に隙間ができて、フィット感が損なわれてしまう。
そこで登場するのがクリンピング。
専用の機械でグーっと熱を加え、くせをつけていく。
これで型崩れがしにくくなり、後々の吊り込みの際に無理な力を入れる必要がなくなる。
だから、履く人の足に合ったパターン通りのブーツを作ることができる。
通常のメーカーが作るブーツのクリンピングはおよそ1~2回で済ませることが多い。
だが、この靴はなんと「10回」。
平面の革を立体的にするだけでも大変だが、キャスパーは一枚革だから、さらに難易度が高い。
パターン通りにクリンピングをしたとしても、革の伸び具合で形が変わってしまうから細かな調整が不可欠なのだ。
それを可能にしているのが浅草にある加工場の『コダテ』。
熟練の職人によってくせ付けされた革は凛々しく、完成した靴もシャンとして綺麗なシルエットが生まれる。
実際履いてみると、足入れした段階から甲にかけてのカーブ部分のフィット感が凄まじく良い。
革というよりは"皮"膚に近い、そんな履き心地だ。
動いた際もホールド感をきちんと感じられて摩擦で生じる靴擦れも起こりにくい。
トゥは芯ありだが、スチールではないので軽くて柔らかい。
履き始めから自然な歩行をアシストしてくれる。
そしてなんといっても継ぎ目がないパターンによって生まれる経年変化は唯一無二。
シャフトが潰れていき、だんだん履き口が円を描くようになる。
その過程で入りこむ独特でダイナミックな皺は、他のブーツでは決して得られないだろう。
さらに驚きなのは、ジッパーを使用していること。
サイドジップはブーツラバーの間で邪道とされてきた。
ジッパーを使うことができない故にシャフトは太くならざるを得ず、脱ぎ履きもしづらかった。
しかし、そんな不文律を圧倒的なこだわりと熱量で覆してみせた。
ジップ仕様にすることで生まれる細いシャフトと滑らかなシルエットは最高に艶っぽく、脱ぎ履きしやすい。
アメリカやヨーロッパをルーツに持つブーツは数知れず。
向こうは家の中でも靴を脱がずに生活する文化が根付いているから、着脱のしやすさをあえて気にする必要がない。
でも、日本で日本人がそれを履くと不便な代物に変わってしまう。
ところがコレは日本に住む日本人デザイナーが、日本の生活様式を考えた上で設計されている。
靴を脱ぎ履きする機会が多い日本において、こうしたディティールはデザインだけでなく、実用面においても理にかなっているのだ。
僕が初めてキャスパーを目にしたとき、頭に浮かんだのは日本で初めてブーツを履いたと言われている坂本龍馬だった。
彼は結構ハイカラだったらしく、長州の高杉晋作からもらったサイドゴアブーツを愛用していたと言われている(諸説アリ)。
今でこそ袴にブーツを合わせるスタイルは一般的だが、当時としてみれば日本古来の和を感じさせる衣服に欧州のモダンな靴を合わせるというのは前衛的で斬新だったはず。
新しい日本の景色を見たいという気概がそのスタイルにも表れていたのだろう。
そうした龍馬の生き様とこの靴の普通から一歩先を行くというスタイルとが一致して見えて、胸に込み上げるものがあった。
ただ前衛的なだけなら奇抜なデザインということで終わってしまうが、日本ならではの様式美も誇張されることなく表現されていて自然。
それはブーツの歴史としてもともと存在していたのかと思わせるほど。
使用しているジッパーも『YKKエクセラ』と只者ではない。
通常のシングルのツメのものと違い、エクセラのジップは密閉度が高く、風や水の侵入を防いでくれる。
数あるYKKジップの中でも最高級のラインだ。
スライダーはオリジナルで刻印入り。
引き手は最初に輪っかの部分をスライダーに通した上で溶接して取り付けるという徹底ぶり。
とても丈夫で引き手が千切れたり捻れたりする心配がない。
アウトソールは濡れた路面でも滑りにくいオリジナルのコルクソール。
雨の日でも問題なく履くことができる。
さらにクッション性があり、柔らかく返りがあるから履き心地も良い。
トゥ部分に配されたトゥスチールは最も減りやすいつま先を保護する、長く愛用するためにはなくてはならない仕様。
ヒールパーツは枯山水をイメージしたオリジナル。
1950年代のブーツに使用されたカナダのキャッツポーを模していながらも、日本特有の文化である「侘び寂び」を感じさせるこだわりのディティールの一つだ。
使用されているレザーはアメリカのタンナー、ホーウィン社のクロムエクセルレザー。
革好きならその名を聞くだけでもうたまらないはず。
油分が多く、非常に伸びやかで足に馴染みやすいこの革は、過保護なメンテナンスも不要。
しばらくの間は軽いブラッシングのみでも美しいツヤ感を保つことができる。
また、同じレザーでも、BLACKとは違った経年変化をするのがこの「NATURAL」。
BLACKの魅力はヤレた雰囲気と茶芯だが、これは履き込んでいくごとに深まっていく色合いの変化が大きな魅力。
それはまるで樽の中でじっくりと熟成されたウィスキーのように美しい。
履きこみ方によって出る深みも様々なので、ぜひ一緒に歳を重ねながら自分だけのエイジングを楽しんでほしい。
モノの価値は人によって千差万別であるが、このブーツにおいては限りなく普遍的。
ワークブーツショップと高級メゾンみたいな正反対な趣の場所にそれぞれ展示されていたとしてもそれは変わらない。
その売り場や環境にとらわれず、等しく価値を感じることができる数少ない靴であるといえる。
存分に履き込んで、存分に楽しみたい一足だ。